慶應学生インタビュー①隅田貫氏 日独産業協会東京事務所代表に聞く

「正解」を探すのではなく、自分で正解にする。「お金が欲しくて銀行に入った」が正解だった話

隅田貫 日独産業協会東京事務所代表
橋野哲
聞き手 慶応義塾大学 橋野哲(ライフデザインラボ ラボ長)

インタビュアーから一言 今回の企画にあたって

「あたかも蠅が光を慕うように、世の最高の地位を占めている人々のほうへ、引き寄せられていく」
——『イワン・イリイチの死』/レオ・トルストイ

筆者は現在、大学生で就職活動をしています。就活をしていると、ときどき不思議な感覚になります。「この会社に入って、その後こういうキャリアを歩くのがいい」「まずは大手に行った方がいい」「若いうちは成長できる環境に行くべきだ」。もちろん、どれも間違っているわけではありません。でも、いろんな人の話を聞けば聞くほど、「正しいキャリア」というものがどこかに存在するような気がしてくる。そして気づけば、自分が何をしたいのかよりも、どの選択が他人から見て正しそうかを考えている。そこに、ずっと違和感がありました。

自分の幸せを、誰かの物差しで測ろうとしているような気がしたんです。そんな時に思い出したのが、『イワン・イリイチの死』でした。主人公は社会的には「理想的」とされる人生を歩みますが、死を前にして、自分が歩いてきた人生は本当に自分が望んだものだったのかを問い直します。死ぬ直前になって、自分の人生が本当に自分のものだったのかと疑う。それだけは嫌だな、と思いました。

そんなことを考えていた頃、ドイツ留学中に一人の金融マンと出会いました。日本のメガバンクで23年、ドイツのプライベートバンクで10年働き、その後独立。海外で26年間働いてきた隅田さんです。金融40年のキャリアを持つ人だから、きっと若い頃から明確な目標があって、金融を極めようと銀行に入ったんだろう。勝手にそう思っていました。
ところが、実際に話を聞いてみると全然違いました。なぜ銀行に入ったんですか、と聞いた時の答えは驚くほどシンプルでした。「お金が欲しかったから」。そこから始まった2時間の話は、キャリアだけでは終わりませんでした。リスクとは何か。信用とは何か。価値は誰が決めるのか。長く続く組織とは何か。ナンバー1とナンバー2はどう違うのか。一見すると別々のテーマですが、聞き終えてみると、すべてが「自分は何を信じ、何を守り、どこまでリスクを取り、どう生きるのか」という問いにつながっているように感じました。
この記事では、第一部で隅田さんのキャリアを、第二部で40年の金融人生から生まれた仕事、信用、リスク、組織についての考え方を追っていきます。

そもそも、自分の物差しなんて20代ではわからない

イベントが始まると、隅田さんは会場に問いかけました。
「学生さんも、20代のキャリア真っ只中の方々も、迷いませんか? 自分の人生、このままでいいのか。学生さんは特に、どの会社に行けばいいのか、選べばいいのか。選ぶ基準って何なのか」
そして、こう続けます。
「他人基準じゃなくて自分基準で、っておっしゃいましたけど、その通りなんです。でも20代で、まだ自分の物差しってそんなに出来上がってないじゃないですかって言うと失礼ですけど(笑)。何が基準になるのか、一度考えてみるといいと思うんです」
「他人の基準ではなく、自分の基準で選ぼう」。言葉にすれば簡単ですが、20代の自分に「じゃああなたの基準は何ですか」と聞かれても、正直よくわからない。そんな学生たちに対して、隅田さんは自分の人生を振り返りながら話し始めました。
「これが正解なんてありません。ただ、私の場合、人生を振り返ったらこうだった、っていうのがあって。それをお話ししようかなと」

銀行を選んだ理由は、「お金が欲しかった」

隅田さんは日本のメガバンクに入社します。でも、もともと金融をやりたかったわけではありません。
「金融がやりたかったわけじゃないんです。外国に行きたかった。でも貧乏学生だったんで、アルバイトしても全然お金が貯まらなくて。最後にようやく貯まったお金を、スキー場でナンパした女の子と一緒に事故って、バイトに行けなくなったんです。入社の3週間前に(笑)」
「昭和の頃は何でもありだったんでね。とにかく、金がなかったんです」

そして銀行を選びます。
「当時、20代の給料は銀行が一番高かった。製造業よりもはるかにボーナスがでかかった。29歳で年収1,000万円も夢じゃなかった。みんな独身寮から出たい、結婚したい、でもこの給料じゃ結婚できないって言って、とにかく20代後半になれば給料が上がるって、そこを目指してた時代です」
金融への崇高な志があったわけではない。シンプルに、お金が欲しかった。隅田さんはそのことを隠そうとしません。
「何が言いたいかというと、僕も本当にお金が欲しかったんです。本音に従うといいよ、って話です」
「自分の本音は人にペラペラ喋ることじゃないかもしれないけど、自分に問いかけてほしい。お前、本当は何を今一番欲してるのか? 将来のキャリア? そうかもしれない。僕の場合は、お金が欲しかった」

就活をしていると、自分の欲望にまで、なんとなく「立派さ」を求めてしまうことがあります。成長したい。社会に貢献したい。大きな仕事をしたい。もちろん、本当にそう思っているならいい。でも、「お金が欲しい」「海外に住みたい」「面白い人と働きたい」という、もっと個人的な動機でもいいのかもしれません。大事なのは、その本音を全員に宣言することではなく、自分だけは自分に嘘をつかないことです。
「言いたいのは、自分の本音に嘘をつかないこと。人には言わなくていい。でも自分の本音に嘘をつかないと、後悔は少ないんです。苦労はどの業界に行ってもあります。でも後悔しないのは、自分の本音に従ったからです」
「僕は赤裸々に、金が欲しくて銀行を受けました。以上(笑)」
もちろん、面接でそのまま言ったわけではありません。
「面接ではもちろん、かっこいいことを言うわけです。」
「『やっぱり金融は経済の根幹ですから』ってね。もう一つ本音を言うと、会社がバタバタ潰れる時でも、金融機関だけは国が絶対守る。これが潰れたら日本経済が根底から崩れるから安定を求めてたんです」
「かっこいいこと言うのはいいですよ。でも本音は、安定と金。全然自慢できないですけど、それが僕の本音でした」

建前を使うことと、自分自身に嘘をつくことは違う。その区別は、意外と大事なのかもしれません。

第2回に続く

プロフィール 隅田 貫(すみた かん)

・1982年 東京銀行(現・三菱UFJ銀行)に入社
・2005年ドイツ老舗金融機関「メッツラー・グループ」本社に入社
・同社唯一の日本人として、日系機関投資家向け投資顧問業務を担当 現在メッツラー・ジャパン・ホールディングス アドバイザー
・日独ビジネスの架け橋として2015年にカンマネジメントオフィス株式会社を設立。 
・2025年10月より日独産業協会 駐日代表にも就任
・ドイツでの職場体験を参考に働き方の専門家として生産性と意欲が高まる働き方も提唱、多数の講演実績を重ねている。

https://kan-management.com/

橋野哲

プロフィール 聞き手 橋野 哲(はしの てつ)

みんなの金融教育協会 ライフデザインラボ ラボ⻑
所属:慶應義塾大学

大学では政治学と倫理学を学んでいます。倫理学を通じて「人にとってより善い生」を問い、その知見を基に政治学の知識を活用し「その生を実現できる社会設計」を考えています。金融教育は、私たち若者に「どう生きるか」という倫理的な疑問や、金融の在り方を再考する政治的な課題を提起する重要な役割を果たすと感じます。確かにこれらの問いはすぐに答えを出せるものではないですが、真摯に考え抜くことこそが若者の責務ではないだろうかと私は考えています。当事業の取り組みで1人でも多くの私と同じ大学生の人生に良い影響があるように取り組んで参ります。

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