隅田さんがプライベートバンクで最も感銘を受けたのが、当主の言葉だったそうです。
「当主がいつも言っていたのは、『やり方じゃなくて在り方だ』と。『我々はやり方ではなく在り方を大事にしてるから続いてる』と」
「ドイツ語でSein als Scheinと言います。英語で言えばBeing(あり方)を大事にする。Doing(やり方)も大事だけど、DoingよりもBeingを大事にする、ということですね」
そして、こう続けます。
「know howやスキルは勿論必要ですし、大切です。でも明日直ぐ使えるスキルはすぐに陳腐化することもある。スキルは流行の部分もある。在り方は人生軸でもあり、いかなる状況でも自分のよりどころになる。自分を信じる力の源泉となる。私はそう信じてやみません。」
就活では、「どのスキルを身につければ市場価値が上がるか」「今後伸びる業界はどこか」と考えます。それ自体は大切です。ただ、スキルや方法論は変わる。
その時に最後まで残るものが、自分はどういう人間でありたいのかというBeingなのだとすれば、第一部の「本音に嘘をつかない」という話ともつながってきます。
オーナー企業では、「企業価値」の意味が違う
隅田さんは、大手銀行とオーナー企業の両方で働いた経験から、その違いについても話しました。
「プライベートバンクは大抵オーナー企業です。オーナー企業に合う人と合わない人、これ、上場企業の銀行とは全然違うんですよ」
特に印象的だったのが、企業価値についての話です。
「オーナーが考えている企業価値は、MBAで習う企業価値とはちょっと違うんです」
「MBA的には企業価値は数値で出てきます。株価、収益、バランスシート、損益計算書……。でもオーナーの考えてる企業価値は、もっと定性的なものがたくさんある。それを理解できるかどうかなんです」
数値化できるものだけが価値ではない。歴史、評判、従業員との関係、家族、哲学、顧客との信用。オーナーが何を守ろうとしているのかを理解できなければ、数字だけ見ても会社の本当の価値はわからないという話です。
隅田さんは、自分自身のキャリアについてこう語りました。
「僕は大手銀行に23年いて、次にプライベートバンクに行けたから幸せでした。『あ、そうか、これがオーナー企業の大事なところなんだ』ってわかった。その後、弟のベンチャー企業の役員もやって、ベンチャーの経営者がまた違うことを考えてるのも勉強になった」
そして、この経験が「ナンバー2」という自分自身の役割の発見につながっていきます。
「今、必要なのはナンバー2」
会場から「ナンバー1に必要な資質は何ですか?」という質問が出ました。
「突き抜けていく人。ブルーオーシャンに行ける人。これがナンバー1です」
でも、その後に隅田さんは意外なことを言います。
「でも結構、今はみんな『ブルーオーシャンに行くぞ!』って言える人が増えてる気がします。だから今、必要なのはナンバー2なんですよ。欠けてるのはナンバー2」
なぜ、ナンバー2が必要なのか。
「ブルーオーシャンに行くぞって人は、大体考えがしょっちゅう変わる。昨日言ってることと今日言ってること、全然違うでしょ? 社長は『え? 昨日言ってること聞いてる?』『違う』って。一番下の人は『社長は嘘ついてる』って思う。嘘ついてないんだけど、そう見えちゃうんですよ」
「『この人、言うことコロコロ変わる』ってやられたら、仕事やってられないですよ。そこをナンバー2が『いやいやいや』って言わないといけない。ナンバー2がいないと、組織が瓦解しちゃう」
ナンバー2は、単なる補佐役ではない。突き抜けていく人のビジョンを、組織が理解できる形に翻訳する。現場とリーダーをつなぎ、時には暴走を抑える。隅田さんは、過去の企業にもナンバー1とナンバー2のペアが見られると話しました。
「昔のソニー、本田技研、松下電気工業の成り立ちを見ると、必ずナンバー1とナンバー2のペアなんですよね」
「有名な会社は、みんなそうやってペアで来てるんです」
そして、自分自身についてもこう言います。
「僕は自分でナンバー2しかできなかったけど、ナンバー1の気持ちはわかる。そういうタイプですから」
「だから僕はそれぞれでナンバー2ができます。ナンバー1は多分できない。でもナンバー2ならできる。どの企業でも -オーナー企業でも大手企業でもベンチャーでも -経営者を支えることはできる。それが僕のキャリアです」
20代、30代では「自分の専門性がわからない」と悩んでいた人が、何十年も働いた後に「自分はナンバー2である」と言えるようになる。専門性とは資格や職種名だけではなく、「どんな状況で、誰に対して、どう価値を出せるか」を理解することなのかもしれません。
スティーブ・ジョブズ一人では、組織はつくれない
ナンバー1の例として出てきたのが、スティーブ・ジョブズでした。
「スティーブ・ジョブズって、僕も会ったことないですけど、まあまあ嫌われてます。めちゃくちゃ嫌われてます。話を聞いたら人に嫌われると思いますよ」
「優秀な人を迎えて、1週間後に『あんな奴、ボケでバカでアホな案件だ』ってみんなに言うんです。ひどい人ですよ(笑)」
「でもナンバー1はあの人です。みんな彼は天才だから許す。ブルーオーシャンを見つけてくるから、やっぱり許しちゃう」
しかし、それだけでは組織は成り立たない。
「でもそれが許せるのは、ナンバー2がいるから。ナンバー2がいなかったら、ただの偏屈な変人です。それじゃ人がついてこない。彼一人じゃ仕事ができないんです」
会場から「偏屈な人に優秀なナンバー2が一人つけば、その人はどんどん上に行けますか?」と質問が飛ぶと、隅田さんはこう答えました。
「そういうことです。その会社は2人だったり3人だったり。だからチームワークですよ。一人じゃできないってそういうことです」
そして最後には、能力だけではなく人徳の話になります。
「突き抜けた人も人徳が必要です。めちゃくちゃな人だけど、『まあね、こいつだからしょうがねえよな』って言いながらついてくる人が何人いるかで決まります」
「首相もそうなんです。経営もそうです。それも人徳、人格」
ここでもBeingの話に戻ってきます。何ができるかだけではない。最終的には、「この人と一緒にやりたい」と思わせる何かが必要になる。
最後に、「義理のない集まり」に3回に1回は行く
イベントの最後、隅田さんは会場に来ていた学生たちに向かって、こんな話をしました。
「本当に皆さんに心から頭が下がるのが、来る義理も何もないこの平日のこの時間に、わざわざ職場や学校から遠いところまで来てくれたこと。それだけの行動力があるということ。わからないけど来てみた、というその気持ちですね。そこです」
「僕はいつも言ってるんです。義理のない集まり、3回に1回は出た方がいいって」
義理のない集まり。行かなくても誰にも怒られないし、自分のキャリアに役立つかもわからない。何があるのかもよくわからない。でも、なんとなく面白そうだから行ってみる。
考えてみれば、筆者が隅田さんと出会ったドイツでの懇親会も、そんな場所でした。そこでたまたま話を聞き、「この人の話をもっと学生に聞いてもらいたい」と思った。帰国後に連絡をして、このイベントが実現した。そして今、こうして記事になっています。最初から計画していたことは、一つもありません。
おわりに|正しい人生を選ぶのではなく、自分で選んだ人生を生きる
2時間の話を振り返ると、一見まったく違うテーマが次々に出てきました。キャリア、お金、人脈、リスク、ブラックスワン、EXIT、フェアバリュー、信用、プライベートバンク、Being、オーナー企業、ナンバー1とナンバー2。でも、聞き終わってみると、不思議とすべてがつながっているように感じます。
自分の本音に嘘をつかない。自分が取れるリスクを知る。何が起きても致命傷にならないようにしておく。他人がつけた値札をそのまま信じない。短期的な利益より、長く積み上げた信用を守る。DoingだけではなくBeingを考える。自分がナンバー1なのか、ナンバー2なのかを知る。そして、人のために汗をかき、外に出て、偶然に出会う。
隅田さんは、最初から自分の人生の答えを知っていたわけではありません。「金が欲しい」から銀行に入った。20代では仕事がわからなかった。30代では、自分の専門性がわからなくなった。41歳で、このままではまずいと本気で悩んだ。それでも前傾姿勢で人に会い、人のために汗をかき、必要なら自分から役割を変え、次の道を選び続けた。
この話から受け取ったのは、「本音に従えば成功する」ということではありません。自分の本音で選んだ道なら、うまくいかなかった時にも、自分で引き受けて、また選び直せる。そして、最初から正解の道を探すのではなく、自分で選んだ道を正解にしていけばいい、ということでした。
筆者自身、まだ就活中です。どこに行くのが正解なのかは、今もわかりません。たぶん、この先も完全にはわからないと思います。でも、誰かの「正解」を、そのまま自分の正解だと思い込むのはやめようと思いました。
自分が今、本当は何を欲しているのか。何を守りたいのか。どこまでならリスクを取れるのか。自分はどういう人間でありたいのか。そこから逃げずに考える。そして考えたら、一度動いてみる。
義理のない集まりにも、3回に1回くらいは行ってみる。そのくらいから、自分の人生をつくっていけばいいのかもしれません。
了

プロフィール 隅田 貫(すみた かん)
・1982年 東京銀行(現・三菱UFJ銀行)に入社
・2005年ドイツ老舗金融機関「メッツラー・グループ」本社に入社
・同社唯一の日本人として、日系機関投資家向け投資顧問業務を担当 現在メッツラー・ジャパン・ホールディングス アドバイザー
・日独ビジネスの架け橋として2015年にカンマネジメントオフィス株式会社を設立。
・2025年10月より日独産業協会 駐日代表にも就任
・ドイツでの職場体験を参考に働き方の専門家として生産性と意欲が高まる働き方も提唱、多数の講演実績を重ねている。

プロフィール 聞き手 橋野 哲(はしの てつ)
みんなの金融教育協会 ライフデザインラボ ラボ⻑
所属:慶應義塾大学
大学では政治学と倫理学を学んでいます。倫理学を通じて「人にとってより善い生」を問い、その知見を基に政治学の知識を活用し「その生を実現できる社会設計」を考えています。金融教育は、私たち若者に「どう生きるか」という倫理的な疑問や、金融の在り方を再考する政治的な課題を提起する重要な役割を果たすと感じます。確かにこれらの問いはすぐに答えを出せるものではないですが、真摯に考え抜くことこそが若者の責務ではないだろうかと私は考えています。当事業の取り組みで1人でも多くの私と同じ大学生の人生に良い影響があるように取り組んで参ります。
