慶應学生インタビュー第1部②隅田貫氏 本音で選んでも、仕事は普通にうまくいかない

本音で選んでも、仕事は普通にうまくいかない

隅田貫 日独産業協会東京事務所代表
橋野哲
聞き手 慶応義塾大学 橋野哲(ライフデザインラボ ラボ長)

ここまで聞くと、「本音に従ったら人生がうまくいった」という話に聞こえるかもしれません。でも、隅田さんのキャリアはそんなに綺麗ではありません。20代、配属されたのは大阪の船場でした。

「大阪の船場っていう下町に配属されたんです。80年代の船場なんて、八百屋のおばちゃんもいれば、今で言う反社もいれば、荒くれの労働者のおっちゃんもたくさんいる。そこをチャリンコで、『儲かってまっか?』って声かけながら営業してました(笑)」

しかも、金融の知識が全然頭に入らない。

「金融をやりたくて入ったわけじゃないから、一から勉強してるんですけど、頭に入んないんですよ。仕組みもわからない、飛び交う専門用語もわからない。『お前、勉強が足りない』って言われるんですけど、本当にわかんないんです」

同期は室内で働いているのに、自分だけ外回り。

「ボーナスは同じなわけですよ。当たり前ですけど。『なんであいつらはクーラーの下で仕事してるんだ!』って、記念すべき最初のボーナスで上司に本気で文句を言っちゃいました。今思えば、生意気ですよね。顔から火が出る思いです(笑)」

この話が印象的なのは、隅田さんが「最初から優秀だった人」として自分を語っていないことです。本音で会社を選んだからといって、仕事が天職になったわけではない。仕事がわからないし、人間関係にも苦しむし、自分だけ不遇だと感じる。「自分の本音に従う」というのは、正解の人生を引き当てる魔法ではないのでしょう。

30代。「自分は何者なのか」がわからなくなる

30代になると、悩みは変わりました。

「自分は果たして会社に貢献しているのか? っていう真面目に悩むようになりました。今でも反省してるんですけど、僕の性格の弱いところで、『馬鹿になりきれない』んです」

為替ディーラーとして働く中で、「ここだけは誰にも負けない」と言えるところまで突き抜けきれなかった。隅田さんは、それを自分の弱さとして語ります。

「超一流の人って、ダークサイドに転がる半歩手前で止まれるかどうか。これが超一流と普通の境目なんです。皆さんにはお勧めしませんけど(笑)。誰かに止めてもらわないと止まらないくらいゾーンに入っちゃう人がいる」
「組織で貢献している実感が持てなかったんです。自分は本当に必要とされているのか、尊敬されているのか。大谷選手みたいな成績を残さなくてもいいけど、なんか印象に残っているんだろうかって、30代ずっと悩みました」
「胸を張って『これが俺の専門性です』って言えるほど、馬鹿になりきれなかった。もっと馬鹿になればよかったっていう反省があります。でも多分その時馬鹿になってたら、今頃皆さんとお会いしてないと思いますけど(笑)」

就活をしていると、「どの会社に入れば専門性がつくか」と考えます。でも、会社を選んだからといって、自動的に「何者か」になれるわけではない。30代になっても、自分は何が得意なのか、自分は何を残したのかと悩む。40年のキャリアを持つ人が、そうした迷いを隠さず語ること自体に意味がある気がしました。

41歳で初めて、「このままでいいのか」と本気で悩む

そして40代。会社の合併によって、隅田さんの中にあったキャリアの見通しが突然崩れます。

「頼みもしないのに、合併しちゃいました(笑)。合併すると、自分のキャリアが全く見えなくなるんですよ」

長く一つの会社にいれば、「次はこのポジション、その次はこの辺り」と、自分の未来がある程度見えてくる。でも合併すると、それが一度リセットされる。
「真剣に考えました。自分の10年後を。私の専門性って一体何なんだ? 結局、上司根回しがうまいだけじゃないか。41歳の時に痛烈に感じて、『これはもう外へ出るしかない』と思いました」
人間関係が嫌だったわけでも、会社が嫌いだったわけでもありません。
「でもこのまま10年いたら、どうしようもないおっちゃんができあがる。死に至る危機感がありました」

そして、こう言いました。

「今、皆さんが悩まれていることかもしれません。それを僕は40代で初めて悩んだんです」

就活をしていると、20代の時点で人生の答えを出さなければならないような気持ちになる。どの業界か、どの会社か、何を専門にするのか、将来何をしたいのか。でも、40代になって初めて本気で悩む人もいる。おそらく人生は、一度答えを出せば終わるものではなく、何度も同じ問いに戻ってくるものなのだと思います。

第3回に続く

プロフィール 隅田 貫(すみた かん)

・1982年 東京銀行(現・三菱UFJ銀行)に入社
・2005年ドイツ老舗金融機関「メッツラー・グループ」本社に入社
・同社唯一の日本人として、日系機関投資家向け投資顧問業務を担当 現在メッツラー・ジャパン・ホールディングス アドバイザー
・日独ビジネスの架け橋として2015年にカンマネジメントオフィス株式会社を設立。 
・2025年10月より日独産業協会 駐日代表にも就任
・ドイツでの職場体験を参考に働き方の専門家として生産性と意欲が高まる働き方も提唱、多数の講演実績を重ねている。

https://kan-management.com/

橋野哲

プロフィール 聞き手 橋野 哲(はしの てつ)

みんなの金融教育協会 ライフデザインラボ ラボ⻑
所属:慶應義塾大学

大学では政治学と倫理学を学んでいます。倫理学を通じて「人にとってより善い生」を問い、その知見を基に政治学の知識を活用し「その生を実現できる社会設計」を考えています。金融教育は、私たち若者に「どう生きるか」という倫理的な疑問や、金融の在り方を再考する政治的な課題を提起する重要な役割を果たすと感じます。確かにこれらの問いはすぐに答えを出せるものではないですが、真摯に考え抜くことこそが若者の責務ではないだろうかと私は考えています。当事業の取り組みで1人でも多くの私と同じ大学生の人生に良い影響があるように取り組んで参ります。

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