「前傾姿勢」でいると、次の人生が開く
その時、隅田さんが意識していたのが「前傾姿勢」でした。
「その前傾姿勢のおかげで、チャンスを掴めました。前傾姿勢じゃなかったら、多分行ってなかった。リスクも取ってなかったかもしれない。良いか悪いかわからないけど、そのおかげで新しい人生が開けたんです」
結果的に、隅田さんはドイツの金融機関で働くことになります。海外勤務は26年。でも本人が挙げた資格は、日本の運転免許と英検2級だけでした。
「英検1級も持ってないし、ドイツ語だって3級も持ってない。それでもやれるんですよ、本当は。志というか、やる気というか、これが自分の本音なんです」
「他人の勧めとか、自分の本音じゃなかったら、続かないですよね。自分の本音に従った選択をしたから、40代になってこんなに悩んでも、前向きな姿勢でいられたんだと思います」
本音に従えば、失敗しないわけではないし、最短距離で成功できるわけでもない。ただ、自分で選んだ道だから、うまくいかなくなった時にも、もう一度自分で選び直せる。それが「後悔が少ない」ということなのかもしれません。
預金残高より、「人脈残高」
隅田さんが何度も話していたのが、人とのつながりでした。
「すごく幸運でした。見た目やスペックよりも、キャラクターを見てくれた。でもなぜキャラクターを見てもらえたかというと、そのボスとは家族ぐるみの付き合いをずっとしていたんです」
「付き合うべき人とは、面倒臭がらずにちゃんと付き合う。これは超おすすめです」
そして、印象的だったのがこの言葉です。
「金融の話っぽくないですけど、人生で年を経るごとに大事なのは、預金残高よりも人脈だと思います。
皆さんが僕の歳になったら、つくづくわかると思います。若い頃はもちろん預金残高が大事です。僕も預金残高ゼロだったから銀行に入ったんですから(笑)。でも年を重ねると、預金残高よりも人脈残高が大事になってくるんです」
「金が欲しくて銀行に入った」という話から始まって、何十年後には「預金残高より人脈残高」にたどり着く。
その時々で、欲しいものも、大事にするものも変わっていく。だから今の自分に、一生通用する完璧な物差しを求めなくてもいいのかもしれません。
人のために汗をかくと、人生の偶然が増える
では、その人脈はどうやってできたのか。隅田さんの答えは、とても泥臭いものでした。
「人のために汗をかいたこと。それだけです」
フランクフルトで、ある日系企業の拠点長が帰任することになった時のこと。送別会が毎晩続いて大変だと聞き、隅田さんは自分から提案しました。
「じゃあ逆転の発想で、僕がパーティーを作ってあげますよ。みんなそこに来てもらえば、一晩で済むじゃないですか」
場所を予約し、段取りをして、司会までやる。その会で紹介された人物が、後のボスになります。
「人のために汗をかくっていうのは、別に見返りを求めてやるわけじゃないんです。拠点長の彼に媚びを売ったところで、僕に何のメリットもない。ただ純粋に、友人のために汗をかいて、いろいろな人と会おうと思っただけです」
「でも、後で必ずいいことがある。昭和の道徳の時間じゃないですけど(笑)、人のために汗をかくっていうのは、令和の時代も悪くないと思いますよ」
キャリアは、自分の頭の中だけで設計するものではない。
外に出る、人に会う、誰かのために動く。
そうすることで、自分一人では設計できなかった偶然が生まれる。
人事だって、自分から提案していい
隅田さんはドイツで10年間働いた後、日本の現地法人の改革のため東京へ戻ります。
「有事には僕みたいな人間が必要だけど、平時になった瞬間に扱いにくくなるんですよ。社長も僕を扱えない。僕もそれがわかってたから、自分からボスに提案しに行ったんです」
「『僕は横に退くので、アドバイザーにしてください。自由にやらせてください。外国人扱いでも、社員じゃなくてもいいです』って」
そして、会場に向かってこう言いました。
「皆さん、人事異動は大きな会社ほど自分で決められないって思ってませんか? そんなことないんです。人事は自分で決められる」
もちろん、すべての会社ですべての希望が通るわけではないと思います。それでも、「会社が自分をどう使うか」を待つだけではなく、「自分をこう使ってほしい」と提案することはできる。
「本当に自分のやりたいことは、自分から会社に提案していいんです。『こういう契約にしてもらえないか』『こんな風に自分を使ってくれないか』。辞める辞めないだけじゃなくて、自分の取扱説明書も含めて、自分からアピールしていいと思うんですけどね」
キャリアを「与えられるもの」ではなく、自分も交渉に参加できるものとして見る。
これも、自分の人生を自分で引き受けるということなのだと思います。
「どの道が正解か」ではなく、「自分で正解にする」
後半の質疑応答で、会場から「もし今22歳に戻れたら、銀行とコンサル、どちらを選びますか?」という質問が出ました。隅田さんは即答します。
「どっちも選ばない(笑)」
その後、どちらかを選ぶならこうだと話します。
「でも真面目な話、どっちか選ぶんだったら、コンサルに行きます。ただし、コンサルで3年ぐらい必死にやって、その後銀行に行くかもしれないですね」
MBAについて聞かれた時にも、「いつ行ってもいい」と答えました。
重要なのは、選択そのものより、その後どう使うか。そして最後に、こう言いました。
「自分でそれを正解にする力を養っておけば、どの道に行っても全部が正解になります。そこだけです」
就活では、選ぶ前に正解を知りたくなります。銀行とコンサルならどちらか。大手とスタートアップならどちらか。日本と海外ならどちらか。でも、選択肢の側に最初から「正解」という札が貼ってあるわけではないのでしょう。選んだ後に何をするか、誰に会うか、何を学ぶか、うまくいかなくなった時にどう選び直すか。その積み重ねによって、過去の選択の意味も変わっていく。
必要なのは、「絶対に間違えない選択眼」ではなく、選んだものを自分で正解にしていく力なのかもしれません。
了

プロフィール 隅田 貫(すみた かん)
・1982年 東京銀行(現・三菱UFJ銀行)に入社
・2005年ドイツ老舗金融機関「メッツラー・グループ」本社に入社
・同社唯一の日本人として、日系機関投資家向け投資顧問業務を担当 現在メッツラー・ジャパン・ホールディングス アドバイザー
・日独ビジネスの架け橋として2015年にカンマネジメントオフィス株式会社を設立。
・2025年10月より日独産業協会 駐日代表にも就任
・ドイツでの職場体験を参考に働き方の専門家として生産性と意欲が高まる働き方も提唱、多数の講演実績を重ねている。

プロフィール 聞き手 橋野 哲(はしの てつ)
みんなの金融教育協会 ライフデザインラボ ラボ⻑
所属:慶應義塾大学
大学では政治学と倫理学を学んでいます。倫理学を通じて「人にとってより善い生」を問い、その知見を基に政治学の知識を活用し「その生を実現できる社会設計」を考えています。金融教育は、私たち若者に「どう生きるか」という倫理的な疑問や、金融の在り方を再考する政治的な課題を提起する重要な役割を果たすと感じます。確かにこれらの問いはすぐに答えを出せるものではないですが、真摯に考え抜くことこそが若者の責務ではないだろうかと私は考えています。当事業の取り組みで1人でも多くの私と同じ大学生の人生に良い影響があるように取り組んで参ります。
